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山口地方裁判所 平成2年(行ウ)1号 判決 1992年1月30日

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用及び参加費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告が起業者として施行する高速自動車国道山陽自動車道吹田山口線新設工事及びその附帯工事事業のためにされた原告所有にかかる別紙物件目録一及び二記載の土地の収用による損失補償に関し、平成二年三月二八日に山口県収用委員会がした損失補償額三三九五万六七三五円との裁決を五六五九万四五五九円と変更する。

二  被告は、原告に対し、二二六三万七八二四円及びこれに対する平成二年六月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が起業者である被告に対し、平成二年三月二八日に山口県収用委員会(以下「収用委員会」という。)がした別紙物件目録一記載の土地(以下「一四八二番六の土地」という。)及び同目録二記載の土地(以下「一四九一番の二の土地」という。)(以下、右二筆の土地を「本件土地」という。)にかかる権利取得及び明渡裁決の内損失補償につき事実誤認があるとして右裁決の変更及び差額金の支払いを求めるものである。

一  争いのない事実

1  被告は、高速自動車国道山陽自動車道吹田山口線新設工事(熊毛インターチェンジから徳山西インターチェンジ間)及びこれに伴う附帯工事並びに一般国道二号線改良工事(以下「本件事業」という。)の起業者であり、本件事業については、平成元年三月一八日、建設大臣の事業認定の告示がなされた。

2  被告は、平成元年九月七日、山口県知事を代理人として収用委員会に対し、本件事業のため、原告所有の本件土地につき収用裁決の申請をしたところ、収用委員会は、平成二年三月二八日、同年四月二〇日をもって本件土地を収用するとともに、右土地に関する損失補償額につき、合計五六五九万四五五九円とし、内<1>土地所有者である原告に対して三三九五万六七三五円、ただし、補助参加人の賃借小作権(以下「本件小作権」という。)が存しないものと確定した場合には五六五九万四五五九円、<2>本件小作権の存否は不明、ただし、本件小作権が存するものと確定した場合には補助参加人に二二六三万七八二四円を補償する旨の権利取得明渡裁決(以下「本件裁決」という。)をなし、右裁決正本は、平成二年三月三〇日、原告に送達された。

二  原告の主張

本件裁決においては、本件小作権が存するものと確定した場合には、右小作権割合を四〇パーセントとしているが、次のとおり、本件小作権割合は二〇パーセントとするのが相当である。

1  本件土地が所在する下松市においては小作権割合を三〇パーセントとする事例が多いものの、下松市に隣接する地域においては右割合を二〇パーセントとする事例が多い。また、被告が依頼した鑑定においては、本件土地を宅地見込地としているが、本件土地は、農業振興地域(以下「農振地域」という。)でかつ農用地区域に指定され、種々の制限を受ける地域であり、簡単に宅地に転用できない特殊性があり、さらに、土地所有者である原告は不在地主ではないこと等の事情を考慮すべきである。

2  収用委員会は、当事者の主張しない損失については裁決する必要がなく、起業者である被告の申立てを下限として拘束されるところ、被告が補助参加人に対し本件小作権割合として四〇パーセントの補償をする旨の下限を指定したため、収用委員会は右申立てに拘束されたにすぎない。

三  被告の主張

1  本件土地の地域的特性及び個別性、また、近時の公共事業における農地買収価格における小作権割合、下松市における借地権取引慣行等を総合的に勘案すれば、本件小作権割合を四〇パーセントとすることは相当である。

2  収用委員会は、権利割合について、起業者の申立てに拘束されることはなく、自らの判断に従って裁決することができる。本件においてこれをみるに、被告は、本件収用裁決の申立てにおいて、鑑定書に基づき、小作権が存在する場合の底地権割合を六〇パーセント、小作権割合を四〇パーセントとしたが、これに対して原告は、底地権割合を七〇パーセントとすべきであると主張し、補助参加人は、小作権割合を七〇パーセントとすべきであると主張して審理が行われ、その結果、収用委員会は、本件裁決のような権利割合を認定したのである。

3  被告は、平成二年四月六日、本件裁決及び土地収用法九五条四項に基づき、山口地方法務局徳山支局へ被供託者を原告又は補助参加人として二二六三万七八二四円を供託した。

四  補助参加人の主張

小作権割合を計数的に一義的に明確に定めることは現実的に困難であり、その評価に裁量的要素が入り込むことは不可避であるから、収用委員会の裁決には合理的な範囲内での裁量が認められ、右裁量権の範囲を逸脱した場合にはじめて裁決が違法となるものであるところ、本件裁決は合理的な裁量の範囲内である。

五  争点

本件小作権が存すると認められる場合において、右小作権割合を四〇パーセントと認定した上で損失補償額を算定した本件裁決に違法があるか否か。

第三  争点に対する判断

一  本件小作権に関する紛争等について

証拠(甲一、二の1、2、四の1、2、六、七、乙一、二、一三の3の1ないし5、一五の2、二三、弁論の全趣旨)によると、本件土地は、JR岩徳線周防久保駅の北方向直線距離約一・四キロメートル、JR山陽本線下松駅の東北東方向直線距離約六キロメートルの地点にあり、切山地区北西部山陽新幹線第一久保隧道北に形成される西ケ浴農村集落地内に所在し、農振地域でかつ農用地区域に指定されていること、本件土地の内一四八二番の六の土地は、平成元年一一月七日、分筆前の下松市大字切山字下柳ケ坪一四八二番一の土地(以下「分筆前の一四八二番一の土地」という。)から、一四九一番二の土地は、右同日、分筆前の右同所一四九一番の土地(以下「分筆前の一四九一番の土地」という。)からそれぞれ分筆されたものであるところ、右分筆前の一四八二番一の土地及び同一四九一番の土地は、もと山下三左衛門の所有であったが、昭和五五年二月二二日、原告が相続したこと、補助参加人は、山下三左衛門あるいは同人から管理権を与えられていた原告から耕作を依頼され、昭和三六年四月ころから分筆前の一四八二番一の土地の一部を、昭和四三年四月ころから分筆前の一四八二番一の土地の残部及び分筆前の一四九一番の土地をそれぞれ耕作していたが、右耕作については、農地法三条所定の農業委員会の許可を受けていなかったこと、補助参加人は、昭和六一年、原告を相手方として、分筆前の一四八二番一の土地の一部につき賃借小作権の時効取得を原因とする賃借小作権確認請求訴訟(山口地方裁判所徳山支部昭和六一年(ワ)第七五号、後に賃借小作権の確認の範囲を分筆前の一四八二番の一の土地全部及び分筆前の一四九一番の土地に拡張した。)を提起し、これに対し、原告は、補助参加人を相手方として、右各土地につき明渡反訴請求訴訟(同裁判所徳山支部平成元年(ワ)第一三四号)を提起するなど、原告と補助参加人との間には本件小作権を含む右各土地の賃借小作権の存否につき争いがあったこと、そのため、本件裁決においては、土地収用法四八条五項に基づき、本件小作権につき存否不明として補償額を決定したことが認められる。

二  本件小作権割合について

1  鑑定の結果について

証拠(乙一、二、証人武田正雄)によると、被告は、本件裁決の申請をするに当たり、墨崎正人不動産鑑定用地補償コンサルタント株式会社及び株式会社武田不動産経済研究所に対し、本件土地の適正価格及び本件小作権割合の鑑定を依頼したこと、その結果、墨崎正人不動産鑑定用地補償コンサルタント株式会社は、本件土地の近隣地域の地域的特性につき、本件土地の周辺部に大規模新興団地である久保団地が存在し、右久保団地をはじめ周辺宅地地域から宅地化への外延的発展の諸力の影響下にある低熟成宅地見込地を形成しているとし、本件土地の最有効使用を将来地域が宅地地域へ転換・造成後分割して一戸建住宅建物の敷地の用に供することである旨判断した上、本件土地の価格を取引事例比較法による比準価格を重視して評価し、本件小作権割合については、下松市における小作権取引割合が農地価格の四〇パーセントを上限に三〇ないし四〇パーセントの範囲内が最も多いという調査結果に基づき、本件土地の存する地域的特性、本件土地の個別性、最近時の公共事業における農地買収価格における小作権割合、下松市における借地権取引慣行等を総合勘案し、本件土地の評価額の四〇パーセントを相当と判断したこと(以下「墨崎鑑定」という。)、株式会社武田不動産経済研究所は、本件土地の地域概況につき、農家型集落地を形成しているものの、本件土地の南側に存する丘陵地一帯が大型住宅団地として開発され、将来的にはこの開発動向が北方に伸張する要因が強いとし、最有効使用を郊外住宅団地向宅地見込地である旨判断した上、本件土地の価格を取引事例比較法による比準価格を重視して評価し、本件小作権割合については、市場分析の結果、一般に、農地としての価格を基準とするのではなく、土地の時価を基準とすべきであることから、借地権割合を評価する場合の考え方を援用し、下松市内において、いずれも市街化区域あるいは市街化調整区域の事例であるものの、小作権を三〇ないし四〇パーセントとした事例があること、下松市農業委員会に対する調査によると、下松市における小作権割合としては三〇ないし四〇パーセントで合意しており、最近では四〇パーセントが多いとの意見であったこと、下松市農業協同組合に対する調査においても、右農業委員会とほぼ同様の意見であったこと等を総合勘案して、本件小作権割合を四〇パーセントを相当と判断したこと(以下「武田鑑定」という。)が認められる。

2  小作権取引事例等について

証拠(甲四の1、2、八の1、2、乙二、一三の7、二一、二三、証人半田滉男、同前田孝暁、同山本和男、同武田正雄、原告)によると、本件事業に伴い小作権の対価が支払われた事例としては、下松市において、小作権割合を四〇パーセントないし五〇パーセントとしたものがあり(ただし、右五〇パーセントの事例においては、土地所有者と小作権者が親戚関係にあったという特殊性が存した。)、下松市以外の周辺市町村において、上限が四〇パーセント、下限が一三パーセントで、三五パーセントとするものが多いこと(ただし、右一三パーセントの事例においては、小作権者に対し代替地の給付があったという特殊性が存した。)、本件事業以外で小作権の対価が支払われた事例としては、いずれも下松市において、上限が四〇パーセント、下限が二五パーセントで、三〇ないし四〇パーセントのものが多いこと(右二五パーセントの事例においては、小作権者が無断転貸をしていたという特殊性が存した。)、右事例は市街化区域あるいは市街化調整区域のものが多いこと、下松市農業委員会が把握しているところによれば、下松市において小作権対価が支払われた事例としては、上限が四〇パーセントで、下限は涙金程度のものが存したこと、本件土地は農振地域でかつ農用地区域に指定され、本件土地の北東部において、下松市が施行者となり、昭和六三年度及び平成元年度に農振地域の基盤整備のため土地改良総合整備事業が行われたこと、他方、本件土地の南側で山陽新幹線に隣接する部分は、従前、農振地域に指定されていたが、昭和五〇年ころに久保団地の造成が計画されたため、農振地域の指定を解除されて市街化区域に指定され、その後、右久保団地が造成されたこと、右市街化区域に指定されている地域で現在造成されていない北側部分についても開発が計画されていること、農振地域の指定は、周辺の諸事情を考慮して五年ないし一〇年で見直し作業が行われることが認められる。

3  右1及び2の認定事実によると、本件土地は、農振地域でかつ農用地区域に指定され、近時、その北東部において土地改良事業が施行されたという事情が存するものの、本件土地の南側の団地造成状況、農振地域等の指定も、本件土地周辺地の右造成状況からして近い将来において見直しが行われる可能性が窺われなくないことが認められ、これらの事情を総合すると、墨崎鑑定及び武田鑑定が本件土地の最有効使用を宅地見込地と判断したことは相当であり、また、下松市及びその周辺市町村において小作権対価が支払われた事例としても概ね三〇ないし四〇パーセントのものが多く、右事例が市街化区域あるいは市街化調整区域であったとしても、右のとおり、本件土地を宅地見込地として評価することに理由があり、本件事業に伴い小作権の対価が支払われたもので本件土地に近接する事例の小作権割合がほぼ四〇パーセントであることからすると、右事例等を資料として、墨崎鑑定及び武田鑑定が本件小作権割合を四〇パーセントと評価したことは相当であるということができ、右鑑定の結果に本件土地近隣地の状況、前記下松市及びその周辺市町村における小作権取引事例、さらに、土地価格あるいは本件のような小作権割合の評価においては、その性質上、算定方法等によりある程度の幅が存すること等の諸事情と補償額の裁決については収用委員会に合理的な範囲内で裁量が認められることを総合勘案すると、本件裁決において本件小作権割合を四〇パーセントと認定した本件裁決は相当であり、少なくとも右裁量の合理的な範囲内であると認めるのが相当である。

なお、原告は、収用委員会が起業者である被告の申立てを下限として拘束されるところ、被告が補助参加人に対し本件小作権割合として四〇パーセントの補償をする旨の下限を指定したため、収用委員会は右申立てに拘束されたにすぎない旨主張するので、この点につき検討するに、土地収用法四八条三項は、収用委員会は、土地又は土地に関する所有権以外の権利に対する損失の補償について、起業者、土地所有者及び関係人が申し立てた範囲を超えて裁決してはならない旨規定しているところ、その趣旨は、収用委員会が正当な補償として認定した額が起業者の申立額及び被収用者の申立額を超える場合でも当該申立額の範囲内で裁決すべきであり、逆に、収用委員会の認定額がこれらの者の申立額より低い場合でも当該申立額の範囲内で裁決すべきであることをいうものであり、また、右法条を直接適用することによって、起業者の申立てにかかる補償総額を超える結果を避けるため、起業者が右補償総額を超える結果となってまで、土地所有者及び関係人に申立てにかかる金額をそれぞれ補償する旨申し立てているものでない旨申し立てたときは、収用委員会は右申立てに拘束され、土地所有者及び関係人に対し、右申立てにかかる補償額を下回る補償額を決定してもよいとの扱いがなされていることは当裁判所に明らかである。

そこで、本件について考察するに、証拠(甲一、三)によると、本件土地の収用決裁手続において、被告は、本件土地の価格を五五二五万七三三二円と見積もり、一四八六番六の土地のうち三〇九三・六三平方メートルの土地部分について、補助参加人の耕作権が存在する場合の権利消滅補償は更地価格の四〇パーセントと見積もり、本件土地に対する補償総額を五五二五万七三三二円、右耕作権が認められる場合の原告に対する補償額を三四二二万〇六四八円、補助参加人に対する補償額を二一〇三万六六四八円とするが、右補償総額を超える結果となってまで原告及び補助参加人に対し、右補償額をそれぞれ補償する旨申し立てるものでない旨申し立て、他方、原告は、本件土地価格についての右見積額に異議はないが、右耕作権に対する補償割合を四〇パーセントとすることは不当であって、三〇パーセント未満である旨、また、補助参加人は、本件土地に対する右見積額に異議はないが、本件土地に対し、賃借小作権あるいは賃借権を有し、右権利に対する補償として七〇パーセントを要求する旨主張していたこと、収用委員会は、原・被告及び補助参加人提出の資料、右委員会における審理・調査の結果等から、本件土地についての賃借小作権、賃借権が存するものと確定した場合の権利消滅補償にかかる権利割合を四〇パーセントとするのが相当であると認定していることを認めることができる。

右認定事実によると、収用委員会は、各種資料等を検討した結果、本件土地についての賃借小作権あるいは賃借権が存するものと確定した場合の権利消滅補償にかかる権利割合を四〇パーセントと認定しているのであって、原告主張のように土地収用法四八条三項を適用した結果、四〇パーセントと認定しているものでなく、また、被告が申立てにかかる補償総額を超える結果となってまで原告及び補助参加人に対し、右補償額をそれぞれ補償する旨申し立てるものでない旨申し立てているのであって、このことに徴しても収用委員会は、被告が申し立てた補償割合に拘らず、右権利割合を認定していることは明らかである。

三  以上の次第で、本件裁決は正当である。

(別紙)

物件目録

一 所在  下松市大字切山字下柳ケ坪

地番  一四八二番六

地目  田

地積  三二五六平方メートル

二 所在  右同所

地番  一四九一番二

地目  畑

地積  五三平方メートル

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